「ヨハネの第一の手紙」ガイドブック
「ヨハネの第一の手紙」について
「ヨハネの第一の手紙」を一通り読むだけでも実に多くのことがわかります。第一に、この手紙は本来の意味での「手紙」ではありません。冒頭に差出人の名前もなければ、誰宛に書かれたものかという記載も欠けています。次に、手紙には「ヨハネによる福音書」と共通するテーマや表現がみられます。「光と闇をめぐる言説」がその顕著な一例でしょう。さらに、この手紙は従来の形式に則って書かれたものではなく、キリスト教信仰に関する多面的な教えを含んでいます。また、手紙に登場する個別の内容も互いに密接に結びついてはいません。手紙に繰り返し登場するテーマの一つとしては「異端の教えに対する警告」を挙げることができます。
「ヨハネの第一の手紙」の書き手について
この手紙の書き手は手紙に自らの名前を記していません。それでも、この人物の用いる神学的な表現は私たちに相当な量の情報を提供します。「ヨハネによる福音書」との類似性は明白であるため、双方の書き手が同一であった可能性は大いにあります。ただその一方では、ある程度慎重に執筆者をめぐる問題を考える必要もあります。キリスト教会に古くから伝わる記録によれば、ヨハネはたいへん大きな影響力をもった教会の教師であったようです。ですから「ヨハネによる福音書」と「ヨハネの第一の手紙」はそのどちらもが最初期の教会において「同一の教えの立場」に基づいて記された書である、と判断する程度に留めておくのが堅実でしょう。この手紙の書かれた時期を特定するのは困難です。たとえば、パピアスは140年頃までにはこの手紙の存在を知っていました。しかし、それよりも早い時期に手紙が書かれたのは確かです。一例として、執筆時期が約90〜100年頃であったと推定するのはさほど見当違いではないと思われます。
愛に基づく警告
「ヨハネの第一の手紙」の読者は書き手がキリスト教信仰者たちに与えた数々の「警告」に出くわします。それは「異端の教えに注意するように」という警告です。そしてこれがこの手紙の特徴となっています。この手紙は「ヨハネによる福音書」と同じ愛に満ちあふれています。それを読みとることができるのはキリスト信仰者にとって大きな喜びです。この読書体験は癒しの神様の思いやりを深く実感することでもあるからです。しかしそれと同時に、この手紙には警告の言葉が峻厳かつ明瞭に響き渡っています。私たち人間にとって「愛すること」と「境界線を引くこと」とを相互に関連付けて矛盾なく理解するという作業は容易ではありません。そして「ヨハネの第一の手紙」ではまさしくこれらの要素が結びつけられているのです。そうすることで「愛」がたんに敏感で感傷的な何かではなく行き届いた配慮でもあることが示されています。一群の狼が羊の群れに襲いかかろうとしている時に、真の羊飼いならば、自分だけ安全な場所に潜んで身近にいる小羊に小声でささやくだけでは済まさないはずです。
それでは、これから「ヨハネの第一の手紙」を一緒に学び始めることにしましょう。
聖書の引用は原則として「口語訳」によっています。