マタイによる福音書 ガイドブック
聖書の引用は原則として口語訳によっています。
「マタイによる福音書」からの引用箇所については章節のみを記しています(例えば「2章10節」というように)。
また「および」で結ばれた引用箇所の章節はすべて同じ文書(福音書や手紙など)からの引用になります(例えば「マタイによる福音書」1章3節および5章2節というように)。
なお、日本語版では聖書の引用箇所の明示化や、フィンランド語版の説明についての原語聖書に基づく補足など、ある程度の編集を行なっています。
- インターネットでマルコによる福音書を読むか聴く(口語訳)
「マタイによる福音書」について
「マタイによる福音書」を書き記したのは誰か?
新約聖書の福音書以外の大部分の文書には誰が書いたのか明記されています。それとは異なり、どの福音書も誰が書いたのか明記していません。福音書の執筆者が誰なのかを探るためには、キリスト教会の古い伝承を利用するか、福音書の記述を調べなければなりません。
例えば、西暦130年頃に書かれたと推定されるヒエラポリスの教区長パピアスによる証言の記録が今も文書として残されています。それによると、新約聖書の第一の福音書の執筆者は「マタイ」であり、福音書の中では「レビ」とも呼ばれていた人物であるとされます(9章9〜12節、10章3節、「マルコによる福音書」2章14節)。使徒たちの名が列記されている福音書の中の複数のリストでは常に彼は「マタイ」という名前になっています。
取税人であったレビ(あるいはマタイ)は当然ながら読み書きができただろうし、ギリシア語もできたことでしょう。ギリシア語のできる人々は、イエス様がこの世で生活されていた当時のイスラエルでは決して珍しい存在ではありませんでした。しかし、このキリスト教会にある古くからの伝承の信憑性は現代の一部の聖書学研究では疑問視されています。
現代の聖書学者たちの意見は「マタイによる福音書」の執筆者や成立時期をめぐる問題に関しては一致していません。当然ながら、後者の問題は前者の問題と密接に関連しています。さらに「マタイによる福音書」の書かれた場所についても様々な見解があります。例えば、西暦60年代のローマであるとか、あるいは西暦70〜90年代のシリアであるといった説があります。
「マルコによる福音書」が四つの福音書の中で最も古い福音書であることは明白です。マタイもルカも自分たちの福音書を書くときに「マルコによる福音書」およびいわゆる「Q資料」(イエス様の語録を多く収集した原資料のこと)を典拠として用いたと一般的に推定されています(いわゆる「二資料仮説」)。
これらの問題を考える上で鍵となるのは、「マタイによる福音書」の執筆者はエルサレムの滅亡(西暦70年)を現実の出来事として知っていたかどうか、という問題です。聖書の記述内容に批判的な立場をとる学者たちは「マタイによる福音書」にエルサレム滅亡の影響が見られること(特に22章7節)を主張します。一方、伝統的な見解をとる学者たちは教会の伝承の信頼性を強調し、「マタイによる福音書」にはエルサレム滅亡の出来事への言及がないと見ています。
現在まで残されてきた「マタイによる福音書」の写本群は、そのすべてがギリシア語で書かれています。ところが前述のパピアスは、マタイがヘブライ語かあるいはアラム語で福音書を書いたと述べています。それゆえ、パピアスの引用は今では失われた何か別の福音書についてではないか、という説も提示されています。
「マタイによる福音書」は明らかにユダヤ人キリスト教徒を対象として書かれています。というのは、マタイは福音書の中でユダヤ教特有の慣習について説明を加えておらず、それらが読者にとって既知であることを前提として福音書を書いているからです。
主要な福音書
新約聖書の冒頭に「マタイによる福音書」が置かれていることからもわかるように、最初期のキリスト教会は「マタイによる福音書」を主要な福音書とみなしていました。
現在入手可能な証拠となる資料に応じて、福音書の執筆者、成立時期、成立場所をめぐる疑問に対して様々な答えかたがありうることを私たちは認めなければなりません。「マタイによる福音書」は、これらの「難問」に拘泥することのなかった当時のキリスト信仰者たちにとって非常に重要な福音書でした。それに対して、これらの「難問」に頭を悩ませるようになった現代の私たちにとってこの福音書の重要性が減じたということにはなりません。このガイドブックの執筆者である私(パシ・フヤネン)は次のように考えています。私たちにとって最も重要なのは、聖書全体を通してと同じようにこの福音書を通しても、神様が私たちに語りかけてくださっているということです。イエス様の地上での活動の記録を文書にした福音書を後世に保存する人々の働きにおいても、神様は最良の宣教者たちを選んでくださったと私は確信しています。それに比べれば、誰が「マタイによる福音書」を書いたのかという問いはほとんど重要な意味をもっていません。
最初期の聖書の写本には「マタイの福音書」ではなく「マタイによる福音書」と明記されています。そして、宗教改革者マルティン・ルターは福音書がただ一つであることを強調し、福音書各書に別々の序文を付けずに、すべての福音書に共通の序文を書いています。
どうして神様は福音書の執筆者たちの名を明示されなかったのでしょうか。この問いには、「宣教者(メッセンジャー)よりも宣教内容(メッセージ)のほうが重要だからである」と答えることができます。福音書の成立背景をめぐって思い浮かぶ単純な疑問についてあれこれ考えてみることは結構なことです。ただし、そのような考察が宣教内容の核心である「福音」の意味を埋没させてしまうことはあってはなりません。
福音書の核心
この福音書全体の目的については「マタイによる福音書」16章13〜19節が教えてくれます。それは「ナザレのイエスとは何者だったのか」という問いに答える試みだったのです。マタイおよび他の福音書記者たちの目的は、イエス様の地上での歩みについての歴史や伝記を書き残すことではなく、この世界にとって、またこの世界に生きるすべての人間にとって、イエス様特有の意義を宣べ伝えることだったのです。この違いを理解することはとても大切です。ここでちょっとした思考ゲームをしてみましょう。
もしも福音書に保存されているイエス様の言説をすべて順番通りに読んでいくとしたら、おそらく数時間くらいはかかるでしょう。しかし、イエス様の公の活動は約三年間続いたことを考えると、イエス様の言説全体のごく一部しか福音書には収録されていないことになります。比喩的に言えば、私たちの手元にあるのはイエス様についての「映画」ではなく、イエス様についての数枚の「写真」なのです。これらの「写真」が選び抜かれて福音書の中に記されたのは、イエス様が旧約聖書ですでにその到来が約束されていたメシアであられることを明証するためです。例えば、福音書記者ヨハネは次のように言っています。
「イエスは、この書に書かれていないしるしを、ほかにも多く、弟子たちの前で行われた。しかし、これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また、そう信じて、イエスの名によって命を得るためである。」 (「ヨハネによる福音書」20章30〜31節、口語訳)
福音書の核心にあるのは、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」(「マタイによる福音書」16章16節より)というペテロのイエス様への信仰告白です。そして、この信仰告白こそが新約聖書の与えている明確な答えなのです。しかしその一方で、私たち人間が関心を寄せている多くの問いについては答えが与えられないままになります。このことについては、次に引用する旧約および新約聖書の箇所が参考になります。
「隠れた事はわれわれの神、主に属するものである。しかし表わされたことは長くわれわれとわれわれの子孫に属し、われわれにこの律法のすべての言葉を行わせるのである。」 (「申命記」29章29節(ヘブライ語原語版旧約聖書(Biblia Hebraica Stuttgartensia)では28節)、口語訳)。
「イエスのなさったことは、このほかにまだ数多くある。もしいちいち書きつけるならば、世界もその書かれた文書を収めきれないであろうと思う。」 (「ヨハネによる福音書」21章25節、口語訳)
たくさんの講話
マタイは福音書の中にイエス様の講話集をたくさん収めています。それぞれの講話集が同一の状況や文脈の下で語られたものなのか、それとも異なる機会にイエス様が語られたものをマタイが一つにまとめたものなのかはわかりません。
最も有名な講話集は、もちろん5章から7章までに収められている「山上の説教」です。また、神様の御国についての13章の譬もよく知られています。その他にも、18〜19章の教会についての教え、22章のイエス様とその反対者たちとの論争、23章の律法の教師たちやファリサイ派の誤った信仰理解、24〜25章の終末についての講話集などがあります。
キリストではあるがメシアではない
上の見出しには言葉遊びが含まれています。「メシア」はヘブライ語、「キリスト」はギリシア語で、両者ともに同じ意味の言葉なのです。例えば、フィンランド語ではどちらも「救世主」と訳されています。この言葉遊びは、ユダヤ人の歴史を通じて信仰的に最も暗かった時代についての証言となっています。神様は、他の諸民族にではなく、まさしくユダヤ民族に対して、来るべきメシアを受け入れるための準備を入念に行ってくださいました。にもかかわらず、ユダヤ人の大部分は神様が差し出してくださった「救い」を受け入れようとはしませんでした。その結果として、イエス様は「キリスト」すなわち「異邦人の救い主」となられたのです。「救い」は決してユダヤ人たちに提供されていなかったのではなく、彼らのほうで「救い」を拒んだという点をここで強調しておきたいと思います。
以前と比べて現代では旧約聖書と新約聖書の間にある密接な相互関係が理解されなくなってきています。むしろ逆に、旧約聖書と新約聖書との間の相違が対比され強調される傾向が強まっています。こうなった原因の一つには、聖書における律法と福音の区別が正しく理解されていないことがあります。
イエス様が旧約聖書の成就者でありイエス様のなさった御業がすでに旧約聖書に預言されていたことを、福音書記者マタイは正しく認識していました。「主が預言者の口を通して啓示されたことが成就するためである。」といった証言をマタイは何度も繰り返し書き記しています(例えば、1章22節、2章23節)。
イエス様は旧約聖書がメシアに関して約束している事柄を成就なさいました。しかしそれは、ユダヤ人に拒絶される結果を招くようなやりかたによってなされたのです。ペテロによるイエス様への信仰告白のすぐ後の箇所で、マタイはイエス様がユダヤ人に拒絶されることになった理由について述べています(16章21、28節)。イエス様は「苦難を耐え忍ぶメシア」でした。しかしユダヤ人たちは、自分たちを征服者ローマ人たちから解放してくれるような、ダビデの子孫たる「この世的なメシア」を待望していたのです。
イエス様の反対者たちは旧約聖書を実にひどく誤解し曲解していました。そして、イエス様はそのことについて彼らに指摘なさいました(22章34〜40節)。
イエス様の敵対者たちだけではなく弟子たちもまたイエス様の活動の目的を誤解していたことにも注目するべきでしょう。このことは、イエス様がペテロを叱責なさったエピソードでも浮き彫りになっています。今日でさえ、聖霊様の助けなしにイエス様がどのようなお方なのかを正しく理解できる人は一人もいません(16章17節)。人は聖霊様の助けがなくても、イエス様が偉大な教師や大人物であることは理解することができますが、イエス様が世の救い主であられることは決して理解できないのです。おひとり聖霊様だけが、私たちにイエス様が救い主であられることを正しく理解させてくださいます。
知られざるキリスト
イエス様は今日でも依然として「知られざる存在」のままなのでしょうか。私たちが抱いているイエス様のイメージは正しいものでしょうか、それとも、イエス様の時代のユダヤ人たちと同じように、自分の先入観にとらわれているものなのでしょうか。
イエス様は今日でも誤解されていることがしばしば見受けられます。それらの誤解からは、たとえ部分的には真実を含んでいる場合であっても、結局は、表面的な特徴を誇張・歪曲したイメージが作り上げられていくばかりです。そのような例を以下にいくつか挙げてみます。 「イエスは愛の伝道者であり、旧約聖書の律法を廃絶した」 「イエスは私たちもそれに従うことで救われるような模範を示された」 「最善を尽くしさえするならば、至らない部分はイエスが赦してくださる」